AIがあれば新人は要らない?
AIとの対談 そろばんと電卓から考える
AIの発達で「もう新人は要らない」という声が聞こえるようになりました。今回も、AIに聞き手になってもらい、あえて「新人不要」の立場から突っ込んでもらいました。
新人が入らない会社は、子どもが生まれない社会と同じ
いきなり言います。新人に最初に任せる仕事は、議事録、資料の下書き、集計、調べもの。どれも今のAIのほうが速くて正確です。教育もいらず、辞めもしない。それでも新人を採る理由はありますか?
いきなりぶっこみますね(笑)。でも、会社を運営するのは人間であって、AIではありません。
新入社員の入らない会社は、子どもを産まなくなった社会と同じです。100年、いや50年経ったら、その会社はどうなっていると思いますか?
みんなが「横取り」したら、誰もいなくなる
でも1つの会社なら、育てるのは大企業に任せて、育った人を中途で採ればいいのでは? 若手の仕事はAI、経験者は中途。これで回りませんか?
新入社員が不要だとみんなが考えたら、他の会社にも新入社員は入っていないので、そのやり方は成り立ちませんよ。
横取りすること自体はできます。でも、どちらにせよ、結局は人がいなくなりませんか?
そろばんが電卓になっても、人は要らなくならなかった
では、新人を採ったとしても、育たないのでは? 昔の新人は、面倒な下積みの仕事で仕事の流れや数字の感覚を覚えました。その下積みを、今はAIが一瞬で片づけてしまいます。
何もしなくても経験は積むでしょう。私も、なんだかんだで経験は積みましたから(笑)。
大事なのは、「仕事がなくなるから人は要らない」ではなく、「仕事がなくなるなら、新しいことをしよう」という考え方のほうです。
昔は、会計ならそろばんが必須の時代がありました。それが電卓になり、パソコンになり、携帯、スマホと進化してきました。その中で、なぜAIだけは「人が不要になる」という話になるのか。その議論自体がおかしいと思うんです。
AIは、パソコンやスマホと少し異質な感じはします。でも私から見たら、AIも便利な計算機です。こちらから動かさないと、絶対に動きませんから。
新人は、AIを使って新しい領域に進んでいくわけです。そろばんしかできない人の横で、電卓を使う新人がいる状況を想像してください。そろばんが電卓になったから、そろばんができる人は要らない、とはならないでしょう。
新人だって成長します。私が新人だった35年前でも、少なくとも50年前の新人よりは進化していました。その流れは変わりません。
本当に怖いのは、ベテランのほう
ただ、この歳になって少し怖いと思うこともあります。新人がAIを使って、過去に貯まったノウハウを一気に身につけてしまうと、こちらの立場が脅かされそうで。
もしかすると、「新人不要論」の正体はそこにあるのかもしれませんね。技術の話ではなく、追いつかれる側の不安です。では、新人がAIで知識に追いついてきたとき、ベテランに残るものは何でしょう?
そうなると、もう年配の者には「人間関係」という武器しかないですね。
でも、これは年輪のように効いてきます。いくらノウハウを持った新人でも、そうそう超えられるものではありませんよ。
知識はAIで手に入っても、信頼は時間でしか積み上がらない、ということですね。
対談を終えて
会社を動かすのは人間
新人が入らない会社は、子どもが生まれない社会と同じです。みんなが育てるのをやめれば、横取りする相手もいなくなります。
AIは、こちらから動かす便利な計算機
そろばんが電卓に、電卓がパソコンに変わっても、人は要らなくなりませんでした。AIも同じ流れの上にあります。
仕事がなくなるなら、新しいことをする
下積みの仕事をAIが片づけるなら、新人はAIを手に、新しい領域へ進めばいい。新人はいつの時代も、前の世代より進化しています。
ベテランの武器は、年輪のような人間関係
知識はAIで追いつけても、人との信頼は時間でしか積み上がりません。AIを使いこなす新人と、人間関係を持つベテラン。両方がそろう会社が強いのだと思います。
当社の「社内のIT担当者を育てる」では、業務をよく知る社員の方を、AIを相棒にしたIT担当者として一緒に育てています。新人でもベテランでも、AIを「便利な計算機」として使いこなす人が社内にいることが、これからの会社の強さになると考えています。